| 正式国名 | | | トンガ王国(Kingdom of Tonga) |
| 面積 | | | 750平方キロメートル(対馬とほぼ同じ。世銀) |
| 人口 | | | 101,991人(2006年、国勢調査) |
| 首都 | | | ヌクアロファ(Nuku'Alofa)(トンガタプ島人口:7.2万人、内首都圏人口:3.4万人) |
| 民族 | | | ポリネシア系(若干ミクロネシア系が混合) |
| 主要言語 | | | 英語(公用語)のほか、トンガ語を使用 |
| 宗教 | | | ほぼ100パーセントがキリスト教 |
| 略史 | | | 1616年 オランダ人が北方の2島を発見
1845年 キリスト教徒のトゥポウ1世がトンガを統一
1900年 英国の保護領となる
1970年 英国より独立 |
地理と地勢
トンガ王国はニュージーランドの北2,000km、赤道とのほぼ中間地点にあり、経済水域を日付変更線が縦断している。南北に約1,000km、東西500kmの海域に散らばるトンガタプ、ハァアパイ、ババウ、ニウアスの主要な4つのグループで構成されている。トンガタプ島の北100kmのハァアパイ諸島には36の島がありその中心はリフカ島で、かつては王族が住んでいたことで知られる。カオ島にはトンガ最高峰の火山があり、噴煙は1,000kmにも吹き上がる。リフカ島の北100kmにはババウ島がある。この島は多くの小島を懐に抱えており、世界中のヨットマンが一度は訪れると云われる程の天然の良港である。
気候
トンガは南半球にあることから季節は日本と逆になるが、赤道からの距離は北半球のハワイとほぼ同じであり、サモアなどに比べると日射しはいくぶん柔らかい。年間の平均気温は23℃で、冬になる6〜9月には17〜22℃と朝晩は冷え込み、セーターが必要になるほどだ。12〜3月の夏は30℃近くにまで上がり、雨が多く、サイクロンの季節でもある。トンガを訪問するには4〜5月と10〜11月がベストシーズンであり、5月〜11月上旬も暑すぎず快適である。
歴史
先史時代
考古学的に見ると、トンガ人が住み始めたのはBC1100年ごろとされている。人々は遠くはフィリピンやニューギニア、ニューカレドニア、そしてフィジーを経由して移住したと考えられている。
王国の成立
紀元950年ごろにトンガは統一され、ツイ・トンガ(Tu’i Tonga)I世が国民に敬愛された最初の王として語り伝えられている。ツイ・トンガは世襲で父から子へと王座は引き継がれたが、400年後にはツイ・ハアタカラウア(Tu’i
Ha’atakalaua)、ツイ・カノクポウル(Tu’i Kanokupolu)がそれぞれに王朝を立て、3つの王朝による分立国家の時代が続いた。
ヨーロッパとの接触
トンガに初めてヨーロッパから船が接近したのは1616年とされている。2人のオランダ人がニウアス島を発見し、食料を入手したことが記録されている。1643年には同じくオランダ人アベル・タスマン(Abel
Tasman)がトンガタプ島やエウア(Eua)島、そしてハアパイ諸島に上陸している。
キャプテン・クックがトンガの島々を訪れたのは1773年になってからで、トンガタプ島とエウア島で数日間を過ごしている。さらに4年後の1777年には3度目となるトンガ訪問を行っており、この時には2ヶ月の滞在が記録されている。クックはトンガで受けた人々からの親切に、この島を「友情の島」(Friendly
Islands)と呼んでヨーロッパに紹介した。
王朝の統一とキリスト教
14世紀にツイ・トンガとツイ・カノクポルという2つの王朝に編成されていたトンガは、ツイ・カノクポル王の甥であり、同時にツイ・トンガ王の後継者であるタウファアハウ(Taufa’ahau)がキリスト教に改宗したことで大きな変化を遂げることになる。キリスト教の影響を受けたタウファアハウは、1831年にイギリス国王の名前に因んでジョージ(George)と改名し、姓をツポウ(Tupou)と改めた。そして彼の支配下にあったハアパイの住民は、その影響でキリスト教に改宗した。1864年、ツイ・カノクポル王の死によって、彼は国王ジョージ・トゥポウI世としてトンガを再び統一し、96歳まで28年間をかけて王国の基礎を固めることに尽力した。後を継いだトゥポウII世が45歳の若さで没すると、18歳の女王サローテが王国を統治することになった。サローテ女王は1965年、ニュージーランド訪問中にこの世を去ったが、今でも国民に親しまれ、エリザベス2世女王の戴冠式での様子など、誇りを持って語り継がれている。
トゥポウ4世と民主化運動
1965年、サローテ女王の死去によって、その子息のトゥポウ4世が国王となる。1970年代には、旧ソ連邦との外交関係を樹立するなど西側各国への反発を強めた時代があったが、英連邦諸国との関係を重視し、特に旧宗主国のイギリスとは親密な関係が続いている。
1990年代に入ると、国民の間から民主化を望む声が出て、議会にも民主化促進に賛成する動きが見られるようになった。1992年にはトンガ民主主義支持運動が組織され、1993年2月の総選挙で9つの平民議席の内6つを民主化支持者が占めた。しかし、議会では、平民議席数と同じ9議席が貴族議員に割り当てられていることから民主化運動にも限界があったが、2006年11月には暴動騒ぎも発生した。
政治
| 政体 | | | 立憲君主制 |
| 元首 | | | ジョージ・トゥポウ?世(2006年就任、世襲) |
| 議会 | | | 一院制(議会は国王が指名する閣僚[現在11名]、貴族議員9名、平民議員9名により構成) |
| 政府 | | | 首相:フェレティ・セベレ |
- 政治状況
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トンガは立憲君主国であり、国王の強大な権力の下に国政が行われている。議会は1院制であり、16人の閣僚および世襲の貴族議員9名と選挙による平民議員9名、計34名で構成されている。内閣は首相を中心に閣僚は全て国王が指名する。閣僚に就任すると原則として自発的な引退または死亡するまでその職責を果たすことになる。貴族議員と平民議員の選挙は3年ごとに行われる。
トンガの政治は、国王への強い尊敬と教会への深い帰属心が基盤となっているが、これまで議長の汚職や不正行為もあり、改革の必要性が叫ばれ、2005年11月に「国家政治改革委員会」が設置され、豪州とニュージーランドの財政支援の下、改革の道筋が検討されてきた。その結果、2006年5月には14人の新閣僚が交代した。
2006年11月16日、暴動が発生し、民主化運動急進派とそれに扇動された人々がヌクアロファのビジネス街の8割で放火・略奪・破壊行為を行なった。2007年5月現在、暴動関連の逮捕者の裁判が行われており、非常時権限法も継続され、警察と軍隊が治安維持を行なっているが、一般生活には全く支障は無い。破壊された商店も多くが移転先で営業を再開している。
2008年7月には、憲法・選挙制度改革委員会設置の法律が議会で成立、2010年の政治改革に向けた準備作業を行うこととなった。
外交
- 基本方針
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英連邦諸国とは密接な関係にある。特に旧宗主国の英国とは親密。国連専門機関への加入に積極的。南太平洋の域内協力の推進に熱心である。
1998年11月2日、台湾との関係を終了し、中国との外交関係を樹立した。
経済
| 主要産業 | | | 農業(コプラ、やし油、かぼちゃ) |
| GDP | | | 478,539千パ・アンガ(2006年、ADB) |
| 1人当たりGDP | | | 4,732パ・アンガ(2006年、ADB) |
| 経済成長率 | | | 5.9%(2007年、トンガ統計局) |
| 物価上昇率 | | | 7.3%(2006年、ADB) |
| 通貨 | | | パ・アンガ |
| 為替レート | | | 1パ・アンガ=0.4809米ドル(2009年2月10日) |
- 経済概況
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トンガ経済は、国外居住者からの仕送り、各国の経済援助により支えられ、産業としては観光とカボチャ、コプラ、バナナなど農産物の小規模輸出で成り立っている。しかし、自給自足経済からは程遠く、大量の食品を輸入に依存、これによる貿易赤字を仕送りと経済援助で相殺している。政府は特に外資導入による民間部門の開発(観光他)および教育と保健に係わるインフラの充実を重視してきたことから、これら社会的インフラは整いつつある。当面の課題としては、若年層の高い失業率、高いインフレ、民主化への改革の動き、肥大化する公共部門の支出などが挙げられる。
貿易
| 貿易総額 | | | (2007年、トンガ統計局)
輸出:15,769千パ・アンガ
輸入:281,032千パ・アンガ |
| 主要貿易品目 | | | 輸出:かぼちゃ、魚類、バニラ、カヴァ 輸入:食料、飲料、家畜、機械・機器、燃料、石油製品 |
| 主要貿易相手国 | | | (2007年、トンガ統計局)
輸出:NZ(33.3%)、米(19.6%)、日(13.1%)、ハワイ(11.1%)
輸入:NZ(33.7%)、フィジー(13.3%)、豪(11.7%)、米(10.0%) |
経済協力
| 日本の援助実績 | | |
| 2007年度 | 2007年度までの累計 |
| 有償資金協力 | なし | なし |
| 無償資金協力 | 1.0億円 | 126.17億円 |
| 技術協力 | 2.53億円 | 85.71億円 |
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| 主要援助国 | | | (百万米ドル、2006年、DACベース)
豪州(7.65)、NZ(6.08)、日本(4.41)、米国(0.90)合計18.60 |
日本との関係
| 政治関係 | | | 伝統的に親日的で、経済・技術協力が増大し、緊密化している。 |
| 対日貿易 | | | (2008年、貿易統計) 輸出額:
238,923千円
輸入額: 320,288千円
主要輸出品: (2006年)野菜・果実類(83%)、魚介類(10%)
主要輸入品: (2006年)輸送機器(74%)、一般機械類(5.7%)、電気機械(2.9%) |
| 日本の直接投資 | | | 68件、288億円(1951〜96年累計) |
| 文化関係 | | | 文化遺産の保存および教育振興のための器材購入援助
音楽教育振興のための援助 |
| 在留邦人 | | | 64名(2007年10月現在) |
| 在日トンガ人 | | | 119名(2008年末、法務省統計) |
社会と人々
『ガリバー旅行記』の巨人国のモデルは、実はトンガではないかといわれるくらいに大柄な人が多い。人柄もおおらかで、温かさが溢れている。トンガ人はポリネシア系民族であり、その起源も同じと考えられている。
キリスト教が浸透しているトンガだが、伝統的な社会構造は現在も厳格に守られている。社会の構図は明確に2つのグループに別れる。その一つは王室と33人の世襲貴族とその家族であり、もう一方は全ての一般庶民である。また、家族の概念も古い伝統がそのまま残っており、広い意味での一族が強い絆で繋がれている。
- 人口
- 傾向としてはトンガタプとババウが増加し、ハァアパイとニウアスが減少している。トンガタプ諸島が約71,260人、次いでババウ諸島約15,485人、ハァアパイ諸島約7,572人、ニウアス諸島約1,652人
(いずれもトンガ統計局2006年)となっている。
- 服装
- トンガではビーチ以外の場所での女性のミニスカートはもちろん、男性のショートパンツ姿も嫌われる。上着も上椀部を剥き出しにすることは嫌われ、さらに男性は襟付きのシャツを着用するのが無難である。
在日政府機関・本国政府機関
| 大使館/領事館 | | | 開設されていない |
| トンガ貿易庁 | | |
Tonga Trade
Ministry of Labour, Commerce & Industries
P.O.Box 110,
Nuku’alofa,
Kingdom of Tonga
Tel : (676)25410/23887
Fax: (676)25483/23683 |
| トンガ政府観光局 | | |
Tonga Visitors Bureau (TVB)
Ministry of Tourism
P.O.Box 37, Vuna Road
Nuku'alofa,
Kingdom of Tonga
Web:
http://www.tongaholiday.com/
E-mail:
edgarc@tvb.gov.to or edgarc047@yahoo.com
Tel: (676)25334
Fax: (676)23366 |