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観光情報一覧
 
 

アロタウ

ニューギニア島の東端にあるミルンベイ州の州都。あまり知られていないが、ダイビング・エリアとして人気が出つつある。アロタウはミルン湾に面し、空港はアロタウから西へ15km離れたガーニーにある。1873年モレスビー海軍提督が発見、海軍相アレキザンダー・ミルンに因んでミルン湾と名付けた。山に囲まれたアロタウは景色が美しく、湾は多くの船で賑わっている。東にはマスリナ貿易港がり、国際航路用の大型船舶が停泊している。

 

アロタウのホテル

アロタウ・インターナショナル・ホテル Alotau International Hotel(TEL:675-641-0300

22の部屋はそれぞれバルコニーを持ち、海を見渡せる。サービスは完備しており、プール、レンタカーも利用できる。

マスリナ・ロッジ Masurina Lodge(TEL:675-641-1212

アロタウで最も古いホテル。歴史的に由緒ある建物は、年を経て拡大されてきた。

タワリ・リゾート Tawali Resort(TEL:675-641-0922

ミルネ湾を見下ろす噴火で出来た崖の上にあり、ボートでしか行けないホテルはパプアニューギニアでもダイビングの隠れた穴場になっている。

ダル

パプアニューギニア最長のフライ川流域を含むウェスタン州の州都で、フライ川の河口周辺の小さな島にある。真珠貝の交易で栄え、現在はワニの養殖が行われている。観光は発展していないが、フライ川の広大な湿地は野生動物の天国となっている。草原のワラビー、2mもあるオオトカゲ、渡り鳥の大集団、無数のペリカン、珍しい水鳥、巨大な淡水魚など、数えれば限りがない。フライ川の源流であるインドネシアのウェストパプア国境近くでは、1980年から金、銅の採掘が始まった。

 

ダルのホテル

ベンスバッハ・ワイルドライフ・ロッジ Bensbach Wildlife Lodge(TEL:675-323- 2467

ベンスバッハ川の川沿いにあり、全体がトンダ野生管理地域内にあることから野生観察、フィッシングには最適。8つのツイン・ルームのホテルは、ウェスタン州でも最高の行楽施設の一つになっている。

ポポンデッタ

オロ州の州都で人口は8000人。「オロ」は「歓迎」の意味であり、世界的に有名なトリバネアゲハを初めとする蝶のメッカである。空港から車で20分ほどのラミントンロッジの向かい側が街の中心である。裏手にはオーストラリア軍の戦争記念公園がある。近くには標高1585mの活火山、ラミントン山があり、ベテラン旅行者はブッシュウォーキングでその景観の良さを楽しむ。

ポポンデッタのホテル

ラミントン・ホテル Ramington Hotel(TEL:675-329-7222

町の中央のバス停の前にある中庭の美しいホテル。前に広がる商店街には銀行、ニューギニア航空のオフィスがあり便利が良い。

ラエ(レイ)とその周辺

ラエ(レイ)とその周辺 ラエはニューギニア島の北側、フォン湾に沿ってカーブするモロベ州の州都で、人口約9万人、パプア・ニューギニア第2の都市である。中心街はトップ・タウンと呼ばれる小高い区域で、州政府機関や警察、銀行、郵便局、航空会社、高級ホテルが集まっている。中心街の南にはフォン湾、北には植物園がある。区画整理された道路の左右には熱帯植物が植えられ自然との調和が美しい。中心街から東に5~6分歩くとルナマンの丘があり、日本軍の塹壕や洞窟が残っている。

ラエの南西約100kmには、その昔にゴールドラッシュで栄えたワウとブロロがある。ワウは人口約5,000人で、市街の西には蝶の研究で世界的に知られるワウ生態学研究所がある。

ブロロは人口約8,000人、ワウからラエに向かって5kmほどにあり、町の規模はワウより大きいが全体的には静かな村落である。町の中心には昆虫ファームがあり、西の外れには高級ホテルのピン・ロッジがある。

なお、ラエはパプア・ニューギニアでは比較的道路網が整備されており、内陸部のハイランド地方への基点となっている。

 

ラエの歴史

この地域にヨーロッパ人が入植したのは1885年で、ドイツのニューギニア会社がフォン半島の先端にあるフィンシュハーフェン(Finschhafen)に本部を置いたことに始まる。しかし、マラリアなど熱帯特有の病気の蔓延によって、間もなく本部はニューブリテン島に移った。その後約36年間、部族間の衝突を除いては大きな変化もなかったが、1921年にラエの南に位置するワウで金鉱が発見されゴールドラッシュとなった。金の産出は第2次世界大戦を挟んで1965年まで続いた。

第2次世界大戦ではラエとその南に位置するサラモア(Salamaua)、そしてニューブリテン島のラバウルが日本軍の主要な基地となった。1943年、日本軍はワウ村への侵攻を開始したが、オーストラリア軍の反撃によって弾薬が尽き果て、最後は素手で戦ったと伝えられている。ラエでの敗戦によって日本軍はフォン半島へ撤退し、やがてウエワクまで追い詰められた。

戦後、この地域は徹底的な破壊から容易に立ち直ることはできなかったが、やがてイラン地方でコーヒーと紅茶の生産が活発化し、ラエは船積み港としての役割を担った。コーヒーはパプアニューギニアの主要な輸出品であり、その輸送のために道路整備が優先的に行われ、1960年代にはラエは本格的に復興の道を歩み始めた。さらに1980年代にはハイランド地方で鉱物資源の発見があり、輸出港としてのラエの存在が一層重要なものとなった。

ラエへのアクセス

ポートモレスビーからニューギニア航空でナザフ空港まで45分。空港はラエ市内の西方約40kmにあり、市内へはPMVsバスで40分、AvisやBudget、Hertzなど4つのレンタカー会社が空港と市内で営業している。タクシーはない。

ナザフ空港は、首都ポートモレスビーの他、マダンやマウントハーゲン、ポポンデッタ、ラバウルなど主要な国内空港と結ばれている。ラエの中心部には、現在は使われていない旧空港の滑走路がそのまま残っている。

市内および周辺への交通

ラエ市内はPMVsバスが数本のルートで循環しており、いずれも中央バスターミナルを起点にしている。市内循環はK0.50の均一料金。ブロロやワウ方面は市内循環のバスターミナルの海側から出発する。ハイランド地方へは市内の北にあるエリク(Erik)から出発する。中・長距離はミニバスとトラックバスがある。

フォン湾沿いの村、ブサマ(Busama)やサラモアなどには連絡船で行く。また、フォン湾の北の先端にあるフィンシュハーフェンには陸路もあるがバスはなく、連絡船か小形飛行機を利用する。

気候

フォン湾に面した海沿いの地域は11月から2月が蒸し暑く30℃を超える。4月から9月は雨季で気温は27℃程度。年間の平均降雨量はラエやフィンシュハーフェンで4,500mmほど、内陸部のワウでは1,800mm。ワウでは夜間の気温が18℃ほどに下がる。

ラエの治安

ラエの治安は一時回復し、静かで安全な町とされていたが、最近はラスカルと呼ばれる強盗が出没している。日中でも人気の少ない場所、植物園やルナマンの丘などは、現地のガイド付きのツアーで訪れるほうがよい。

観光スポット

植物園 Botanical Gardens

ポートモレスビーの植物園よりも大きな植物園で蘭が自生しており、非常に珍しいものも多い。その他、ヤシ科、バショウ科、ソテツ科、タケ科、ショウガ科、タコノキ科など2,500種類もの植物が栽培されている。オーストラリア軍戦没者墓地に隣接する。

ルナマンの丘 Mt. Lunaman

戦争中、日本軍が「本部山」と呼んだ駐屯地があった場所で、トップタウンから海沿いの道を車で10分ほど登ったところにある。頂上には通信用のタワーがある。洞窟は地中深く海まで続いていると言われる。

熱帯雨林動植物公園 The Rainforest Habitat

パプアニューギニア固有の生物を研究する機関だが、一般観光客用の散策コースがある。ワニ、色とりどりのオウム、サイチョウなどの動物が楽しめる。

ラエ工科大学 University of Technology

1973年に設立され、工学、精錬学、経営学、林業、測量、天然資源の研究、指導者の育成の目的を持つ大学。2000人の学生が丘に広がるキャンパスで勉強している。

ラエのホテルとレストラン

ラエには約20軒の各種ホテルがあるが、安心して宿泊できるのは中心部にある2軒の高級ホテル。レストランは、ホテルに併設されているものを除くと数軒しかない。朝食や昼食はともかく、日没以降の外出は控えるほうが無難であり、夕食は宿泊しているホテルのレストランで済ませるほうがよい。

ラエ・インターナショナル・ホテル Lae International Hotel(TEL:675-472-2000)

広い敷地を有する歴史のあるホテルで最近全面的に改装された。設備も充実しており、25mプールやテニスコート、フィットネスクラブのほか庭には小さな動物園がある。3つのレストランがあり、シーフードを中心としたパシフィック料理で、味の良さには定評がある。全100室。

宿泊料はシングルでK310.00~。

 

メラネシアン・ホテル Melanesian Hotel(TEL:675-472-3744)

街の中心部に近い最高級ホテルで設備も整っており、中庭にプールがある。きめ細かいサービスが評判である。全68室。 宿泊料はシングルでK214.50~。

フオン・ガルフ・モーテル Huon Gulf Motel(TEL:675-472-4844)

熱帯植物庭園の隣にあり、通常モーテル・スタイルでは味わえない温かみがある。芝生のあるプールとカーパークを囲んでいる。

ブロロとワウ

ブロロはラエから車で約3時間(100km)にあり、途中からは未舗装の悪路となる。トラックを改造して幌を被せたバスは相当にゆれる。ブロロからさらに1時間走ると1921年に金鉱が発見されたワウがある。ゴールドラッシュ時にはワウもブロロも繁栄したが、第2次世界大戦中に主な金脈は涸れてしまい、現在は静かな山麓の町となっている。

ブロロには昆虫ファームがあり、トリバネアゲハを合法的に買うことができる。ワシントン条約で輸出が禁止されているメガネトリバネアゲハやゴライアストリバネアゲハなども、卵から飼育しているので、申請書を提出すれば証明書付きで入手できる。開館時間は月曜から金曜日の7:30~16:00、土 ・日曜は休館。

 

アセキの奇習、風葬によるミイラも見学できる。

ブロロと大渓谷を挟んだ南東のワウは、ブロロに比べて町の規模が大きく病院などもあるが、静かな山間の町に変わりはない。この町で世界的に知られているのがワウ生態学研究所だ。ジャングルの一区画が研究所によって管理されており、トリバネアゲハなど貴重な蝶を見ることができる。また、ワウの南西4kmには熱帯雨林のマックアダム国立公園がある。200種類以上の野鳥が生息しており、極楽鳥も10種類が確認されている。

マダンとその周辺

マダンとその周辺 マダン州の州都マダンはビスマーク海に突き出した岬にあり人口約29,000人、多くの入江や蓮の花が浮かぶ淡水池、ガジュマルの巨木と芝生の公園が市街に美しさを添える。周辺には無数の小島が浮かんでおり、サンゴ礁の海は澄み渡って、パプア・ニューギニアを代表するダイビング・エリアとして世界的に知られている。岬の先端は東から回り込むように走るコロネーション・ドライブと西側のビネン港に面して走るモディロン・ロードが市街を囲み、付け根の合流地点にマダン観光文化局がある。

岬の西側先端がビジネス地区で、コロネーション・ドライブ沿いがリゾート地区となっている。マダン観光文化局からメイン・ストリートのモディロン・ロードを少し南へ行くと高級ホテルのスマグラーズ・インと中級ホテルのマダン・ロッジがあり、さらに1kmほど南には州政府がある。

観光文化局からコロネーション・ドライブ沿いに北に入ると、サンゴと熱帯の美しい魚が目の前に楽しめるライオンズ・リザーブ・ビーチがある。さらに北へ行くと、よく手入れされたゴルフ・コースの先には高さ30mにもなる沿岸警備記念灯台がある。灯台を中心に公園になっていて、巨大なガジュマルの木陰で憩う市民の姿が見られる。公園に隣接して高級ホテルのコースト・ウォッチャーズ・ホテルがあり、その先500mは最高級のマダン・リゾート・ホテルの広い敷地になる。

岬の先端から北を見るとクランケット島があり、その左に日本軍の貨物船が見られるビリアウ島がある。マダンとその周辺は、あちこちに第2次世界大戦の戦跡が今もそのまま残されている。

マダンの歴史

1871年、この地を初めて訪れたヨーロッパ人はロシアの生物学者であった。彼は15ヶ月の滞在の後、マラリアを発病して帰国した。1984年、ドイツのニューギニア会社が入植を開始したが、マラリアなどの熱帯特有の病気に苦しみ、主体はニューブリテン島に移った。

第2次世界大戦が始まると直ぐに日本軍がマダンに上陸したが、1943年にはオーストラリア軍に追われ、さらに1944年1月にはマダンの南に上陸したアメリカ軍によって壊滅的な打撃を受けてこの地を放棄した。マダンの北10kmには日本軍の飛行場跡が残っている。

戦後のマダンはハイランド地方への入り口として活気を見せたが、ラエとハイランドを結ぶハイウェイができたことでその役割はラエに移った。しかし、観光地として復活し、現在ではパプアニューギニアで最もダイビングサービスが充実した地域となっている。

マダンへのアクセス

ポートモレスビーからマダンへはニューギニア航空で約1時間、毎日2~3便の運行がある。マダン空港は市街からノース・コースト・ハイウエイで約7km、空港から市街へはホテルの送迎バスかPMVsバスを利用する。レンタカーを利用する場合は、宿泊するホテルに依頼すると空港まで配車してくれるサービスもある。なお、マダンにタクシーは走っていない。

マダンの周辺道路とPMVsバス

マダン市街から北に走るノース・コースト・ハイウエイは、海岸沿いの舗装道路が約50kmほど先のマロロ村まで続いている。そこからセピック川の河口附近までは未舗装の道路となる。ノース・コースト方面へのPMVsバスは、市街地の郵便局の向いから出発する。料金は市街地から空港附近の循環バスがK0.50で、距離によって加算される。ちなみにラエまではK20.00となる。ラエまで続く南への道路は未舗装で内陸部を通る。

マダンの社会

マダン州は多様な自然に恵まれており、人々の生活は住む地域によってそれぞれ特徴がある。そのほとんどが伝統的な自給経済であり、島に住む人々は魚介類が中心で、沿岸部の人々はバナナなどの熱帯の果実や根菜、高地に住む人々はサツマイモを常食にしている。体型は高地に住む人々が比較的小柄である。伝統工芸にも特徴があり、高地に住む人々が木の彫刻を得意とするのに対し、沿岸部では貝のアクセサリーや素焼きの壷などが多い。

マダンの治安

これまで比較的安全で、観光客がラスカル(強盗団)の犠牲になったという話は聞こえてこないが、マダンにはタクシーがないので、帰りが日没後になるような外出は控えることが望ましい。

マダンのアクティビティ

ノース・コーストには世界有数のサンゴ礁が広がっており、アクティビティの中心は何といってもダイビング。しかし、ダイビングができない人でも、気軽にシュノーケリングを楽しめる安全なポイントが無数にある。

日本軍が多数の犠牲者を出したこの地域には、第2次世界大戦の戦跡がそのまま残されている。マダン周辺のツアーにはこれらの戦跡も含まれる。

ダイビングとシュノーケリング

マダンは国内で最もダイビング・サービスが充実しており、マダン・リゾート・ホテルなどに日本人インストラクターが常駐している。ダイビング・スポットはマダンからボートで15~20分のノース・コースト沿いに数多くあり、イソバナやウミトサカ、ヤギなどの素晴らしいソフトコーラル、バラクーダやギンガメアジなどの回遊魚、そして7~8月にはハンマーヘッドシャークなどが集団で回遊して来るのが見られる。マダンのすぐ北にあるビリアウ島の周囲には日本軍の3隻の貨物船が沈んでいる。

ダイバーでなくても、マダン周辺には安全なシュノーケリング・ポイントが数多く、誰でも簡単に楽しめる。美しいラグーンで知られるクランケット・ラグーンやシア島、ピッグ島などへのシュノーケリング・ツアーがある。

また、スマグラーズ・ホテルのすぐ北にあるライオンズ・リザーブ・ビーチもシュノーケリングに適している。

ダイビングは、日本からのダイビングツアーのほかマダンには数社の経験豊かなダイビングサービスが営業している。

ニューギニ・ダイブ・アドベンチャーズ Niugini Dive Adventures(TEL:675-852-2766)

マダン・リゾート・ホテルに基地を置くサービスで、日本人インストラクターもいる。料金は2タンク・ダイブでK145.00ほどで、ナイト・ダイブもできる。ほかに大型ボートのメラネシアン・ディスカバー号でセピック川やミルネ湾の周辺へのツアーがある。

マダン・アクアベンチャーズ Madang Aquaventures(TEL:675-852-2023)

スマグラーズ・インに本部を置くサービスで、2タンク・ダイブの料金はK140.00、3タンク・ダイブがK200.00ほどである。ガイドはベテランであり、安心できる。

マダンの観光スポット

ニューギニア島の東部から北西部にかけて日本軍の戦跡が多く残っているが、特にマダンから北西のウェワクにかけて集中している。これは東部での戦闘に敗れた日本軍が連合軍に追われて最後の補給基地であるウェワクに向かって敗走したためであり、今も残る戦跡は悲惨な逃避行を訪れる人に伝えている。1944年5月、最後の日本軍基地となったウェワクには5万5,000の将兵がいたが多くは戦闘能力を失っており、この島から日本に戻って来れたのは僅か1万人ほどだった。

 

民族博物館 Museum & Cultural Centre

パプアニューギニアの民族文化、歴史、暮らしを紹介している。狩猟や漁業に使われた道具、原始的な壺、生活用具などが展示されている。

バタフライ・ファーム Butterfly Farm

1992年トリバネアゲハの飼育場として開設されたが、トリバネアゲハの他、青く輝く羽のオオルリアゲハ、ゴライヤス等他では見ることのできない珍しい蝶が飼育され愛好家にはたまらない場所である。

ハイヤップ村 Hayap Village

マダンから車で40分ほどの山中の小さな桃源郷のような村で、国鳥である極楽鳥が見られる。村人は素朴で人懐っこく我々を歓迎してくれる。

ヤボプ村 Yabob Village

マダンから車で南に約15分ほどにある美しい村で、海を見下ろす丘の上に旧日本軍の慰霊碑がある。1944年1月にアメリカ軍が上陸、日本軍はここで壊滅的な打撃を受けた。

ビルビル村 Billbill Village

ヤボプ村からさらに南に行くとガム川があり、その先を海側に入ったところにある村で、伝統的な手法で素焼きの壷を作っていることで知られる。ただし壷のデザインは観光客向けとなっている。

日本軍の海軍基地と飛行場跡 WWII Japanese Airstrip

マダンからノース・コースト・ハイウェイで約20km、ジェイス・アーベン・リゾートの北に日本軍の飛行場跡がある。陸軍軽爆撃機「呑龍」がほぼ完全な形で残されている。

ハンサ湾 Hansa Bay

マダンから約200kmの地点で、ウェワクとのほぼ中間点となる。ここには30隻以上の旧日本軍の貨物船や伝馬船が沈んでおり、数メートルの水面下に錆ついた対空砲が見える。

マダンの宿泊事情

マダン・リゾート・ホテル Madang Resort Hotel(TEL:675-852-2760)

マダンで最高級のホテルであり、岬の先端マダン港の向こうにはクランケット島が見渡せる。客室数は70以上。ダイビングは、ニューギニ・ダイビング・アドベンチャーズが営業している。

スマグラーズ・イン Smugglers Inn(TEL:675-852-2744)

岬の入口にある高級リゾート・ホテルで、レストランは味に定評がある。シュノーケリングに適したライオンズ・リザーブ・ビーチまで50m、敷地にはプールもある。ダイビングは、マダン・アクアベンチャーズが営業している。 部屋数は40。

ジャイス・アーベン・リゾート Jais Aben Resort(TEL:675-852-331)

マダンからノースコースト・ハイウエイを約1km北上したナガタ湾に面した海岸にある。ダイバーに人気があり、マリーンスポーツの企画も豊富。部屋数は18で自炊も可能。

コースト・ウォッチャーズ・ホテル Coastwatchers Hotel(TEL:675-852-2684)

施設が完備した32の部屋とレストラン、バー、プール、150人収容の会議室などがある。フリーパーキング、空港への無料送迎もしてくれる。

マダン・ロッジ・ホテル・アンド・アパートメントMadang Lodge Hotel & Apartment(TEL:675-852-3395)

シングル・ルーム16室、2つの小さなコッテージと3つの家族サイズ・ルームからなる5つのモロタ・ルーム、14のガーデンテラス・ルームがある。施設も完備し海が見渡せる。